喋らない門番と輝、喋れないアールだけの空間は沈黙だけが流れていた。
だが、沈黙を破ったのは門番を任されたマニだった。
「あの・・アキラ?・・ごめんね」
予想外の謝罪に、輝は少し顔を上げた。
第三者のアールも気になり、少し身じろぎをして更に会話を聞こうとした。
「何で・・・今更謝る?」
「輝が去った後、重傷を負った仲間は亡くなってしまった。それは憎む事だけど、それは輝も同じでしょ?・・妹を奪われた。」
柵越しに輝の前にしゃがみ込んでいった。
「・・・・」
「だから・・せめてボクらから謝るべきだと、思うんだ。」
マニは膝を抱え、小さな体を更に縮めながら輝を直視していた。
「・・・・謝罪なんていらない。藍が戻ってくれば、それで良い。」
輝は背中を丸めながらマニと向き合った。こちらからでは顔も見えないが、老婆がいた時ほどの怒りは、読み取れない。
「・・・・・・・・」
その後も、マニは輝とまともに話そうと必死だった。
アールはそのおかげで、死角を見極めじりじりと輝の隣まで転がってこれた。
「輝、大丈夫か?」
すでにフードは取れてしまったが両手が塞がっていてはもう被る事は出来ない。
このスヴァルト人特有の青黒い髪と銀髪では、この地の者ではない事は一目瞭然。
(さっきの御婆さんに見つかったら、殺されるかも・・・)
冷たい空気にうなじが晒され、更に不安が込み上げて来た。
呼びかけに気づき、輝はこっちを向いてくれた
笑顔に欠けたその顔は疲れたというより、虚無感が勝っているか。
「・・ははっ・・ちょっと疲れたな・・寝てないし・・」
(・・・俺の存在忘れてたのかな・・)
輝は此方を見るなり、思い出したように目を細め微笑んでくれた。
・・そんな顔されると
こっちが疲れる
「・・・・・・・」
「どうした・・?いきなり黙って」
でも言えない
「・・・なんでもない」
コイツも・・輝も、リアーネも・・耐えるのを見るのは、疲れる
言ってくれてもいいのに・・
でも、俺が出遅れてしまう
なんだか寂しくなって・・これが切ないって言うのか・・・
「・・この、バカ・・・」
つい言葉が漏れた。
言ってから、少しハッとしたが弁解する気も無かった。
少しだけ驚いたようにこっちを見る輝に耐え切れなくなって、石の床に顔を伏せた。
「・・・寝てないんだろ?疲れるに決まってる。少し目瞑っとけ」
朝も決めたんだ。
さり気無くでも何でも良いから、少しでも、今は休めてやろう
今の俺ができる事は、気を遣わせないことだけだ
「そうだな、休むなら今か・・・ほんとの目的地は王様のとこなんだろ?」
枕が無いのが残念だ、と笑った後座ったまま静かに目を閉じた。
「・・・・・世話の掛かるやつだ」
アールは少し満足げに、うつ伏せの状態からもぞもぞと体育座りに直った
両手両足を縛られている為、楽な体勢は体育座りしか思いつかなかった
眠ってしまった輝が倒れてしまわぬ様にと、隣に移動した・・・
が、
「あ、誰?」
こっちを見てそう呟いたのは、檻の外に見える、金髪に青服のまだ中性的な幼い顔。
顔のよく見えない知らない男と輝が喋っているのを、蚊屋の外で聞いていたマニと正面から顔を会わせてしまった。
輝との再会で俺の存在などどうでも良かったらしい彼らだったが、それは輝の仲間だと思ったから
ただ輝と同じ横暴なそこら辺のミッド人だと思ったからだろう。
だがマニは完全に見てしまった
長い耳、青味掛かった黒髪に一房の銀、よく見ると少し赤と青の散りばめられた銀灰色の瞳、ここらで見るニダ人より白い肌・・・・・・
全体的に彩度の低い顔立ちはこの辺りでは、いや、この大陸ではあまり無い顔だ。
だが神族の国を挟んだ向こうの敵国ではよく見かける容姿。
「ま・・・・さか・・・ヘル」
マニは反射的に立ち上がり、後ずさった。
驚きのあまり、息を上手く吸えていないらしい。
「ち、ちがっ」
ガチャン
慌てて弁解しようとしたアールを助けたのは、先程老婆達が戻って行った扉からの、錆を無理矢理落とすような嫌な音だった。
ギイイイイ
冷たい扉が開くと姿を現したのは老婆だった。
ゆらゆらと二人の入れられた牢へ近付いてくる老婆は、何も言わずローブの中から鍵を取り出し鉄格子を開けた。
老婆は俯きながらゆっくりと手招きをした
ぽかんとその様子を見ていたアールは、ハッとして輝を抱え立ち上がろうとしたが足まで縄で縛られていては一人でゆっくりと出て行くことは出来ても輝を抱えては無理だ。
それを察したのか老婆は牢の中に入り、持っていたロウソクで縄を軽く燃やし、杖で乱暴にちぎった。
「はやく」
老婆は掠れた声で力無く言った。
「あ、ハイ・・」
とりあえず返事をし輝を抱えようとしたが、どう持てばいいのか分からず結局背中を叩いて起こした。
自信たっぷりに、休めと言った自分が情けない。
(せめて俺が輝を先導してやろう・・!)
「ほら、出してくれるってよ、輝。立って立って」
「・・・出れるのか?」
「なんとなく・・分かんないけど・・とにかく出れるんだから出るぞ」
輝の腕を引っ張って起こしてやり、縄を解いてくれた老婆とオロオロとしているマニを置いて、目を瞑って一目散に一階へ続く階段を駆け上った。
リアーネを探そうと、ここに来たとき一番に通された部屋に着て見ると、なぜか床に座っているリアーネを見つけた。
しかもその膝の上には眠っているのか、目を閉じて動かないソルが。
「あぁ、良かった。出てこれたのね」
ソルに膝枕をしてやるリアーネは、走ってきた二人を見て安心したように笑った。
「あ、うん。何でか分かんないけど出してもらえた・・・」
アール達の後ろから、追って来たのかまだ俯いたままの老婆と、それを支えるマニがドアを開け入ってきた。
「!?・・・ソル!」
マニは入ってくるなりリアーネの膝の上でぐったりとするソルの姿を見つけ、叫んだ。
マニは老婆から手を離しソルの元へ駆け寄った。
目に薄らと涙を浮かべながらソルに必死に呼びかけた。
そんな事にも動じない様子の老婆は、マニに連れられ入って来た時から動かずに立尽くしている。
リアーネは、まるでソルが死んでしまったかのように泣いているマニに、そっと教えてやった。
「マニ?大丈夫よ。この子は寝ているだけ。少し深く眠っているの。ごめんね、心配かけさせちゃって」
「・・・・っく・・僕、ソルがいないとこのお仕事も降ろされちゃうのに・・・」
リアーネがいくら宥めても、マニはそう言って、抱き着くようにして涙で濡れた顔をソルに引っ付けた。
「大丈夫だから、少しの間支えといてあげて?」
小さく頷いたマニにソルを預け、リアーネは立ち上がった。
そして並んでいる椅子の一つを老婆の方へ持って行き、座りなさい。と老婆に命じた。
それに素直に応じた老婆は運ばれてきた椅子に腰掛けた。
リアーネは座っている老婆に軽く指を翳し、空気を弾いた。
それと同時に老婆の体から力が抜け、椅子に深く腰掛けるようにして眠ってしまった。
「ふー・・・良し、村から出ましょう。ここから一番近い港町に出れば船で王都に着くって、お婆さん言ってたから」
リアーネはドアに向かって歩きながら、急展開に呆けている輝に呼びかける。
「・・・もしかしてこれが"ガンド"ってやつ?」
輝は意識の無いソルと老婆を見ながら聞いた。
「そうよ。詳しくは後で。今は村から出ましょう、ガンドの解けた後はただ寝ているだけの状態だから、起きたら探しにくる筈」
さぁ、とドアを開け促した。
「ま、待ってくれリアーネ。この村に妹がいるんだ。一緒に、連れて帰らないと・・・」
輝は走って部屋の外まで行き、リアーネの前に立ちはだかり、両手で肩を掴みもう少し待ってくれるよう頼んだ。
「妹?妹がいたの?もしかして、さっき言ってた藍って子?」
「そうだ、一緒にここまで来たんだ・・頼む。きっと一人で寂しがってる・・」
「・・分かった。どこか当てはある?」
その言葉に希望が見えた輝はリアーネから手を離し、考えた。
「・・・何か、周りと少し違う建物があるはずだ。俺と離された後そこに連れて行かれるのを見た」
早く探しましょう、とリアーネは言い三人は外に出た。
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