***

村には既に噂が広がっているのか、男達は農具を片手にざわざわと慌しい雰囲気だった。
三人は家と家の間等、人の見えない場所を選んで手掛りの建物を探す。

「輝の言う家は多分、巫女の物よ。私の村にもあったわ」

「リアーネの住んでた家?…あれは周りの家と変わらないように見えたけど‥」

「私は我が儘言ってあの家に住んでたの。お婆さん達の口振からすると多分、その藍って子が巫女として連れて行かれたんだと思うの。
一応、昔からここには巫女がいたけど、何らかの事情で居なくなってしまったのかも。
前の巫女が居なくなって、精霊たちと繋がるほどの術者も生まれなかったんじゃないかしら。長く巫女の居ない状態にしておくとマズイし」
そういうものなの。と言ってリアーネは辺りを見渡した
「悪いことって?」
周りを伺いながら輝が尋ねた
「色々よ。災害とか。子供が生まれないとか。神に忘れられるって」


三人少しバラけて捜索して行くと、
「あ・・・あれ、か?」
アールの指差すほうを見てみると、周りよりも丁寧に時間を掛けて造られた物だと予想できる建物を見つけた。

平屋造りのその建物は、木々に隠されるように、孤立した空間に建てられていた。
それを聞いた輝は、全力でその建物の入り口に向かった。
木で造られたその扉を乱暴に叩き、妹の名を叫ぶが、どうにもならない。
鍵を千切ろうとするが、どう見ても素手では無理だ。
「クソッ・・・開かねぇ・・・」
普通よりかは大きいその扉には、重く冷たい南京錠が施されている。
一旦落ち着き、辺りを見渡した

「他に扉は無いみたいね。ここを開けるしかないわ」

そう言って見据えた扉は、見るからに重く硬そうな木製の扉。

「オンディーネさんは?壊してくれないか?体大きいし、強そうだし」
輝は、必死にアールに頼んだ。
「それがあったか。出来ると思う、よ。」
背やその他諸々人間離れした(そもそも人間ではないが)彼女であれば、こんな頑丈な扉でも薄っぺらい発泡スチロールの如く蹴破られてしまうのではないか。

ちょっと待ってて、と言いアールは首に掛けてあるペンダントを左手で握り、オーシスに以前習ったとおり全神経を集中させた。
数秒もせず、森で見たときと同じように青く光ったと思うと一瞬でオンディーネが姿を現した。以前顔を会わした時とは比べ物にならないスピードで実体化していく。


「この辺りの土地だとなんか調子いいわぁ〜」
地面まで着くのではないかというほど長い髪を片手で払うと、どこからともなく青く光った刀身の・・・辛うじて剣と呼べなくも無い、巨大な刃物を取り出した。

「あれ、ぶっ壊せば良いんでしょ?」
実体化し、アールから離れたオンディーネは輝に聞いた。
聞いて、返答が帰ってくる前に思いっきり剣を振り下ろした。

轟音と共に煙が充満したが、オンディーネが少し剣で払うと、扉以外の場所にまで穴が開いている。
扉は全壊したわけではないが、一人づつ中に入るには十分な大きさだ。
「すっごい音しちゃったから、見つかるのも時間の問題かもー」
面白がっているのか、クスクス笑いながらオンディーネは透けて見えなくなった。

三人は予想外の威力に少し怯んだが、すぐに立ち直った輝は建物の中へ走っていった。

中は広いが、適当に走っていれば全部の部屋を回れるだろう。
そう思い、妹の名を呼びつつ走り出した。

勢いよく走り出したが、全ての部屋を回るまでも無く、その姿が見えた。

窓という窓は全て荒々しく板で塞がれ、釘が打ってあり、オンディーネの開けた穴以外からは光は殆ど入っていない。

暗い廊下の奥に、辛うじて見える人影を輝は一人で追って走った。
白い人影はこっちを見るなり、輝を導くように暗闇の奥へと進んでいく。
周りは全く見えなくなって、どこをどちらに曲がったかなんてもう分からなくなっていた。

「待って!藍だろ?どこ行くんだよ!みんなの所に帰ろう!待てってば!」
いくら叫んで手を伸ばしても、人影は此方に見向きもせず先へ進んでいく。

無我夢中で人影を追いかけた輝は、いつしか人影以外は何も見えないほどの暗闇の中にいた。
ようやく人影は目の前で止まり、一度此方を振り返った。
こちらを見るその顔は、紛れも無く妹のものだ。
輝は久しぶりに妹に触れようと両手を伸ばしたが、よく見ると触れているのは木の扉だった。
今の今まで目の前にいた筈の妹の姿も無い。


扉の鍵は開けられている。
開くと外に出られた。中庭らしいそこは手入れされいているが、無駄なものはひとつも置かれていない寒々としたところだった。
ただ、真ん中に池があり、その奥には土が盛られて石碑が建てられいてる。


いやな予感はしていた。


地面にひざを着き、石碑を眺めてもそこに書いてある字は輝には読めない。
ただ、石碑の横に置かれた靴には見覚えがあった。


「もうここには精霊様しかいないよ」
いつからいたのか、輝の後ろにはマニが立っていた。

「藍ちゃん、ごめんね」
ソルのために泣いていた顔は、目元鼻元が赤く腫れている。
だが今は涙も止まり、しっかりした目付きをしている。

「だから何で、お前が謝るんだ」
マニを見て、怒りが込み上げてくる

「祭りの前まで、皆に内緒でたくさんお喋りしたんだよ。輝の事も、"君たちの仲間"の事も聞いたよ。僕の事も友達だって言ってくれたよ」

「じゃあ何で藍は死んだ?」

「出来るなら、彼女を逃がそうと思ってたんだ。祭りの最後に彼女の体が捨てられる前に。でもすぐにソルにバレた。当たり前だよね、双子だもん。様子がおかしかったら分かるはず。
それにマニには行く当てもないし、お金もない。マニはソルと一緒にしか行動した事が無いから、一人で出て行っても彼女を守れるわけがない
マニが一人で藍ちゃんを守ろうとしたところで、どうにもならないって、知ってたから。・・・結局、目の前で彼女の体は捨てられて、命は精霊様に捧げられちゃった」
マニは、地面に膝を着いたままの輝の後ろで話し続けた。

「俺は誰を憎めば良い。藍を殺した村人全員か?藍を守れなかったお前か?藍を奪った精霊か?それともこの世界?この気持ちを、誰にぶつければいいんだ・・・?」

その気になればこんな子供、武器が無くともすぐに殺せるだろう。
でも、今更俺がこの子を憎めるのか。そんなに素直に憎めたら、恨んでいたら、俺は既に死んでるんじゃないだろうか。
ふと、少し前の事を思い出して、おもわず自嘲した。


「僕は、まだ死ねない。この気持ちは、"君たち仲間"も同じなんでしょう?」


その一言で、今までの憎しみは、別のモノに変わった気がした。
それが何かは分からないが、ただ、泣きたくなった。
ここに来て初めて涙が滲んで来て、次々と零れる。こんな気分いつ振りだろう。
こんな寂しくなったのは、初めてかな。脳が痺れるほど寂しくて鳥肌が立つ。痛くて、声を搾り出しながら泣いた。

藍は先に開放されてしまった。
藍がこの世界から消えて、俺と"仲間"との繋がりは絶たれて、俺だけ取り残されてしまった寂しさに、痛みに、この身体で耐え切れるのか。

分からなくて、不安で、不安で、不安で心細くて、縋るものも無くなって、こんなに痛いなら、いっそ消えて・・・



「輝!」



考える力も無くなって来た輝の後ろから、聞き覚えのある声が鮮明に呼び止めてくれた。
ゆっくりと後ろを向くと、あの暗い廊下を手探りで歩いてきたらしい、暗い中で何度か転んだのだろうか、白い埃に塗れたアールと長い髪に埃を付けたリアーネがいた。


「一緒に行ってくれるんでしょ!?」
そんな大きな声で言わなくても分かる、と言ってやりたいぐらいの大声でリアーネは輝に呼びかけた。


あぁ、一瞬忘れてしまっていた。
"仲間"との約束。

自分から終わりにしようとしていた手を離し、二人の方に手を伸ばした。


「輝がいなくなったら、俺はどうすればいいんだよ」
そう言って、困った顔をしたアールは輝の手を引いた。



「俺は、お前らに縋ってていいのか・・・?」


「輝がそれでいいなら、いくらでも縋って欲しいよ」
アールは笑顔で答えた






藍・・・いつの間にか、俺のほうがお前に依存してたんだ。
それに気づいた時に、救われて幸運だった

きっと、こいつがいなかったら、俺は藍に依存したままだったね

凛にきっと、お前の事伝えるから…そこで気長に待ってろよ






TOP