目を覚ますと、まだ記憶に新しい木製の天井が見えた。
随分寝ていたのだろうか、体はかなりスッキリしている。

部屋を見渡すがこの部屋の主の姿はなく、カチコチと木で出来た小鳥の乗った可愛らしい時計の音だけが静かに聞こえていた。

アールはベッドから身体を起こすと、何をするでもなく辺りを探索し始めた。
リアーネの座っていた木製の椅子、袋や服の掛けてあるフックの列、この部屋の殆どが木で出来ている。
きっと、この部屋だけでなく、家の殆どが木なのだろう。自分の住んでいたところは石とかが主体だったから、こんなに木に囲まれる事はあまり無い。そんなことをぼんやり考えつつ、部屋の一角に佇む棚の開き戸に手掛けた、その時
トントントン、とやはり木で出来た扉の向こうから、階段を上っているのだろうか、こちらに向かって来る足音が聞こえてきた。

その足音に驚き、とっさに罪悪感に襲われた。
どこか隠れるところは無いかと辺りを見渡した。

「起きたかなー・・?」
独り言に聞こえるその声に、
(あ・・っと、えっと・・とりあえず・・あわわわ)
アールは咄嗟にまだ自分の温もりの残る布団に身を埋めた。

もぞもぞと動く布団を見つけたリアーネは遠慮無くそれを引っぺがした。

「ぁひっ・・・・!」
剥ぎ取った布団の中から、間抜けな悲鳴とともにうつ伏せて頭を押さえているアールの姿が見えた。
「・・・そんなに私の事が信じられないかな?(というか、ぁひって…)」
「い・・いやそういうんじゃなくて・・・(というか、ぁひって…)」
うつ伏せのまま全身を伸ばし、ぱふっと力無く顔面も布団に埋めた。

息が出来ないまま数秒経ったが、苦しくなってその場で胡坐をかき言い訳を考えた
「・・・なんとなくだ・・・」
何かを諦めた様にリアーネを上目遣いに眺めた

布団の上でぐるぐるしていたアールを眺めていたリアーネは少女の様だが気品を纏った笑顔で言った。
「ふふっ、怒ってないからね?お夜食のお誘いに来たのよ」
前屈みになり手招きをしてくれた。

「お夜食・・・・ご飯、か・・」
そういえば、食べ物を盗むのに失敗して追いかけられてたんだっけか・・・
リアーネに拾われる前のことを思い出し、同時に緊張のせいで忘れていた空腹感が一気に襲ってきた。

ぎゅるるるる―――

・・・

二人は顔を見合わせ、リアーネは耐え切れずぷっと小さく噴き出した。


「きっとおいしいのが出来てるよ」
「・・・・いただきます」

***

アールが一階に降りた時には既に3人分の食事と、その一人分の前に腰掛け二人を待つアキラの姿があった
並べられた料理は見た目からして美味しそうだ。

「遅いぞ!呼ばれた時にはすぐに来いよな!」
特に怒った様子は無いが、手にしてたフォークをアールに向けて命令するように言った。
アールはそれをまったく聞かずに、木製のテーブルに並ぶ料理を輝く瞳で見つめていた。

さぁさぁと、リアーネに腕を引っ張られ一人分の食事の前に腰を下ろす
輝はアールが席に着くとほぼ同時に、軽くあいさつを済ませ目の前の肉団子に手を出した。
リアーネもアキラの隣に座り、手を合わせてしっかり自然に感謝してから、トマトに木製のフォークを突き刺した。

アールは向かい合う二人を気にしつつ、目の前の食事を見つめる。
『危ないかも知れない・・・』
そんな思いも過ぎるが、空腹感に負けたまたま自分の好きな物があったので自然にそれに手が行った

しばらく夢中で黄色いスープを口へ運ぶ。
上品な甘さで、結構おいしい。

ミッドにもヘルのと同じ料理があるんだな・・

「ヘルから来たって言ってたわよね」
リアーネはサラダを大皿から自分の皿に取り分けながら尋ねる
「・・・あぁ」
もう隠すことも無いと素直に肯く
「・・ヘルで何かあったの?内戦があって一人逃されたとか?」
その問いには首を横に振った
「帝都から来たんだ。戦の話は聞いてない・・・・・・このスープ、おかわりってある?」
少し迷ってからおかわりを要求した

「帝都から、どうやって?」
リアーネが器を受け取り、今度はアキラが尋ねる
「・・ニヴルから、ミッドの、人目の着かない森まで、送ってもらった」
新しく注いで貰ったスープを飲みつつ答える
「ふーん・・・・誰に?」
更に問い詰める
「・・・・・・・俺の、先生の・・・部下?・・」
「先生の部下?・・もしかしてアール、貴族の坊ちゃんだったり?」
「・・・・・・・・・そんな、かんじ・・・フー・・」
悩みつつ、答えつつでも綺麗に二杯目の黄色いスープを飲み干したアールにリアーネは
「お肉も食べなね」
と言い肉団子を勧め。スープのおかわりもよそってくれた。

その後も色々な質問を何とか答えていったが、ここに来た理由は話す勇気が無かったのでパスした。
結局スープを三杯とサラダ一皿に肉団子を少しとその他諸々で胃を満足させた。
見た目通りどれもとても美味しかった。

が、作ったのが、家事全般ドンと来いとでも言いそうなオーラを醸し出しているリアーネではなく、あの少々乱暴そうな茶髪男だと知った時は、正直ショックだった。
しかも食事どころか掃除洗濯まであの男がこなしているなんて、二人の印象がずいぶん変わってしまった。
リアーネ自身、家事は出来ないのではなくしないだけだと言っていたが、ほんとの所どうなのか。

この日は、今朝いた部屋の隣の隣、アキラの物が置かれた部屋でアキラの隣に布団をひいて寝ることになった。

先日までの緊張が嘘のようだ。
ベッドでなくなって上手く寝付けなかったが、今の状況は悪くないものだと感じ、隣のアキラをチラッと見遣ってからもう一度布団を被り直した。

これからどうすれば良いだろう、特に行く当てがあった訳でもないし、ずっとここにいてもいつかはこの事実を厄介と思う者に見つかる、
・・二人にも迷惑が掛かる・・でも、一人じゃ何も出来ないことは十分分かった、と思う・・今はあの二人を頼るしかなさそうだし

本来のミッドに来た目的も、自分もそこまでハッキリとしたものではない。
いつか二人に話そうか。俺がここに来た理由・・。

ヘルの・・・現状・・・

そんなことを考えつつ、いつしか深く眠っていた。

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