この朝。誰かの気配があるが、まだ起きたくないんだ・・放っておいてくれ
耳に違和感を感じて、戻りつつある意識を無理やりまた夢に沈めようと、寝返りを打とうとした時だった。


ズボッ

鳥肌立ち思わず飛び起きてみると、俺の耳を弄る行為に没頭していたアキラがいた
「な、なななに人の耳に指突っ込んで・・・!」

「突っ込む気は無かった!いきなり動いたから刺しちまっただろー!」

「あんな触られたら起きるよ普通っ」
謝りもせずぶーぶー言うアキラに必死に抵抗しようとする
だが好奇心に満ちた目でアキラは言った

「だってその耳、気になるだろ!」
耳・・・?
「・・・は?」
そういえば輝の耳は元々の人間のそれだった。自分の耳に手をやると長く尖った―――
「・・・知らないの?」
「聞いたことすら無いっすね」

やっと奇怪な行動に納得がいったアールは寝相でヨレヨレになった服を直しながら
「・・・そういうことだったら起きてから言ってくればいいのに・・・」
と愚痴らしく洩らした

「まぁまぁ、俺、世間に疎いんだよ。怒るなよ」
「怒ってないよ」
俺の肩をポンポンと叩き宥めようとするアキラの手をがっしり掴んで掃った

「怒ってんじゃん・・・」

***


昼食(アールにとっては朝食)。
昨日と変わらず美味しそうな料理が並んでいる。
のに、昨日の華やかさが足りない。

男二人だけ、面向かって食事を取っている状況に、痺れを切らして聞いてみた
「・・・リアーネは?」
「俺じゃ不満か?」
「・・・そうじゃなくて、居ないから気になっただけだ」
「ジョーダンだよ。お仕事お仕事。」
こっちの顔も見ずに、アキラはふんわり卵に包まれた赤いご飯を、スプーンで掬い口に含んだ。

「何の仕事?」

「なんかのお祭りあるらしくて、そこでなんかやるって。ちなみに俺はお休みで家から出ちゃ行けないのさ。」
「お前も全然分かってないじゃないか。リアーネ何やるんだろう。」

「昨日の話しホントに聞いてないのな。人の話し聞けないタイプ?」
真顔でそんな事を聞いてくる輝に真顔で答えを返す

「いや、忘れ易いだけだと言われた事なら。ってそんな事じゃなくて、お前だって何やるか知らないだろ」


「だから巫女としての仕事だって。まあそこしか分かんないけど」

「巫女?」
巫女ってそういえば昨日言ってたけど実際聞いた事すら無く、昨日一昨日は適当に相槌を打っていただけで済ましてしまっていた

「そう、巫女だってさ」

「・・・巫女ってなんだ?」

「知らん」
きっぱりといわれ今まで必死に動いていたスプーンも止まる。
「おい、本当に知らないのか?」

「知らないな」

「何で知らないんだ?」

「見た事ないし。自分の知ってる巫女とは違うみたいだし」

「何で、見た事無いんだよ。この村の人だろ?」

「そっからして違うし」

「え?お前、ここの住人じゃないのか?」

全然話しかみ合わないじゃないか・・
しかもこのままじゃご飯が食べられない

そう思いつつもやっぱり気になるので聞いてみた。

「・・・・お前今、自分がこの村の住民じゃないって言ったな。じゃあ何でここに居るんだよ」

「拾われた」

「・・・リアーネに?」

「そうだ、あんたみたいにな」

「で、よそ者のお前は何でそう堂々とこの村に溶け込んで生活してるんだよ」
俺だってこんなにビクビクコソコソしてるのに

「・・・それはお前はヘル人だから。じゃ理由にならないのか?」

ポンッ

「それはそうか」
問題がひとつ解決した事に満足してアールは食事を進めようとした


「ちょいまて。」

「え?」
口に含む直前に何故かアキラに静止を掛けられた

「昼飯の準備やらで忘れてたんだがまだ耳の話してないぞ」
そのまま忘れてれば良かったのに・・

「・・・俺はヘルヘイム人だから、お前はミッド人だから、らよ」
言い終わる前にフォークに刺したままだったオムレツの一欠片を口に入れた。

「そのヘル人も人間だろ」
「・・・今はそうだけど・・アキラは学校とか行ってる・・・わけないか」

「いや、行ってた、結構頭いいとこ行ってたんだぞ?これでも。だがそんな事は教わらなかった」

「はぁ・・歴史はダメだったんだ?アキラは。」

「・・・何だよ。お前の耳と歴史は関係あるのかよ」
呆れた様に言うアールにムッとして言い返してきた
「・・・じゃあ教えてあげるよ。まさかこの人生で人に授業するような状況になるとは思わなかったな。」

「さっさと教えて下さいよ」

一瞬考えて話を進める

「・・・今敵対関係にあるニダとヘルは昔ひとつの大陸に一緒に住んでた。」
ふんふんと相槌を打ちつつ話を進めるよう促すアキラ。

「で、その頃は今のヘル人、今のニダ人の双方は少し種類の違う妖精だったんだ。」

それを聞き、少し考え込むアキラは更に手を上げて聞いた

「ハイッ先生質問です。その話だとアールの先祖は妖精だったと。」

「そうらしいね」
コクリと頷き、素直に答えてやった。

「俺の絵本とかからのイメージだと妖精は手乗りサイズぐらいなんですけど・・・どうしてこれがこんなに・・」
身振り手振りを加え説明した後、アールの顔を真剣に見据えた。

「まぁ・・そういうのも居るけど、俺たちの先祖はこのサイズだったよ」
移住した影響で多少の変化はあったかもしれないけどね、と自信なさ気に付け加えた

本題を続けてくれと言うアキラに同意して話を進めることにした

「まぁ、その先祖の影響が残って特徴であるこの耳と、あと目とか肌の色とかもヘルとミッドじゃ違う。
ただニダ人はミッド人との混血を繰り返してる家も多いから俺らより人間っぽいと思うよ。で耳の話は終わりなんだけど・・・分かった?」

「今の説明内で聞きたい事もたくさんあるが、まぁ大体の世界情勢が分かったような気がする」

「そんな大袈裟な・・こんな話小さい子でも知ってると思うよ。歴史が云々以前の問題だ」

「いや、マジで何もしらねーんだもん」
「どうやったらそんなに知る事を避けて生きてこれたんだか不思議だよ・・俺だって特に教育は受けてる方じゃないけど」


本気で不思議がるアールにアキラは、

「・・・じゃあ言うけどな、俺の通ってた学校にはそんな事教えるような先生は居なかったし、俺の住んでた世界にはニダって国もヘルって国も無かった。本当だ」
と、真剣に話し始めた。いきなりだが、真剣に語るアキラの目は、嘘や冗談を言っているようには見えなくて、アールはただ唖然とするしかなかった。

「本当に・・とんでもない所に来ちまったのかな・・・」
寂しげに目を瞑り下を向き、言葉を続けた。
「ある男に、この世界まで連れてこられたみたいなんだ・・・妹も一緒にだ。」

「・・・妹が居るのか?」

「あぁ・・・前に居た村に取られちまった。俺だけ追い出されたよ。能力のある女が必要だったんだとさ。」
誤魔化す様に目元を隠しながら上を向くアキラはさっきより一層寂しそうに見えた。

「ニホンってとこに住んでて、楽園とも呼べる学校で、友達に囲まれて。叶えなきゃならない夢もあって・・なのに・・突然奪われた」

「・・・リアーネには話したのか?」
「・・いや、言ったら途中で泣きそうで、情けなくて話せねぇよ」
信じ難くって、でも目の前の、さっきまでの元気を殆どなくしてしまったアキラを見て
そうか・・としか言いようが無くなって、更にごめんとしか上乗せする言葉も無くなってしまった。

暫し沈黙が流れた


「・・アキラを連れてきたって言う男って・・?」

「ここに飛ばされる時に初めて会った男だよ。確か、お前みたいに耳が長かった。名前なんだっけ・・・名乗ってたようなきがするんだけど・・忘れた。」

「・・お前の世界に妖精の類が存在しない、だがその男は先祖の痕跡が残っていたって事はそいつはこっちの者ってことか?」

「俺が知るわけねぇーだろ・・」

「・・・そうだな」

そこで会話は途切れ、アキラへ掛けてやれる言葉もなくなってしまった。
アールは、殆ど食べ終わってしまった、目の前の美味しそうな料理達の残像を見ながらスプーンで皿をかちゃかちゃと鳴らし、気まずい空気の中で必死に救いの言葉を考え、アキラの言う事を頭で整理しようとして、自分を宥めた。

とても長い時間のように感じた数分間に終止符を打ったのはアキラだった。
風呂に入る、食器は後で片付けるからそのままにしといてくれ、と言い残しその席を後にしたアキラの背中をアールは何も言えずに見送って、
またやる事がなくなってしまったのでボールに残っていたミニトマトを一つ摘んで寝室に戻った。

***

ミニトマトを口の中で転がしながら、今はアキラの部屋だという寝室に戻ってきたアールは、木製のハンガーに大事そうに掛けてある、生活感漂う男性用の正装と思われる服一式を見つけた。

(・・・アキラのか?)

さすがに、いつもあんなラフな格好ではないのか・・
と思いつつ今さっきまで目の前で俯いていたアキラの寝間着に適当な格好を思い出した

壁に掛けてある正装の胸ポケットには、枠を金で縁取られた銀色のプレートが付けてあった。
が、アールには見慣れぬ文字だったため読解は不可能のようだ。

(・・こんな文字もあるのか?・・頭でアキラに負けた、なんとなくブルーだ・・・・。
・・これが違う世界の文字なら、アキラはユグドラシルの文字は読めない・・?)

負けて、無い・・。
少し、沈んだ心が浮かんできたように思えた
一人脳内(で勝手に)対決で負けを認めず済み、気を取り直してまた辺りを探索して過ごす事にした。

正装の下に、これまたボロボロの鞄・・・何年使っているのだろうか。
口が3分の1ほど開いた状態の長方形の鞄を前に開けようか開けまいか葛藤するアールは、暫くグルングルン考え、
考えた末、いつの間にか無くなっていた口の中のミニトマトを補充しにリビングに戻ってから開ける事にした。

多少早足になるのを抑えつつ、ボールの中の自分へのノルマを遂行し余分にもう一つ手に持ち寝室に戻った

ドキドキ言ってる、なんとなく凄いドキドキする・・人の鞄開けるのって・・・
猫背になり、Aの形をした二つのストラップと黒猫のキーホルダーを握りゆっくりと口を開こうとする様は、後ろから見るとアブナイ人のように見えない事も無い。
ジ‥ジ‥ジジ・・
ゆっくり、そーっと・・ちょっとだけちょっとだけ・・・

「・・・・なにしてんの?」

「!!!!!!!」


いつの間にか風呂から上がり上下青色のジャージ姿の鞄の持ち主を背に、暑さからではない汗を一瞬で発汗させたアールは驚きから脊椎反射のごとく鞄から手を離していた。

「み、み見た?怒った?」
「ミニトマト取ってった所から見た。怒ってはない。面白かったから」

怒ってはいないという言葉にホッと胸をなでおろした

「この棚にあるのは殆ど俺のだよ。こっちに来たのは学園にいた時だったから、制服も鞄も全部持ってきちまった。おかげでボロボロだぜ」

「ふーん」

アキラはアールの隣に座り、鞄を漁り始めた
「ところでさぁ、お前、これ読めないだろ」
適当に中に入っていた本を引っ張り出し差し出した。

直球な言葉にちょっとグサッときたが真顔で答えて見せた
「さっぱりだ」
差し出された本を手に取りペラペラとページを捲って行くが、見た事も無い文字だけだった。時々見覚えがあるような文字も出てくるには出てくるがホントに稀で、しかも本当に見た事があるかどうかは定かではない。
「ふーん、やっぱりかぁ、俺もこっちの世界の文字はさっぱりなんだよなぁーリアーネが見せてくれた本もまったく読めなかった。言葉は何故か通じるのに。不思議だよなぁ」

更に鞄の中身を確認するように中身を出していった
「時々懐かしくって鞄中漁ってみたりしてるけど、はぁ・・・帰れないんじゃどうしようもないぜ・・」
食事のときとは違う、軽く冗談のように言う。
そんなアキラはいつもの(といっても出会って間もないが)アキラだった。

アキラは、写真だったら文字とか関係ないから見るか!
と笑顔で言い更に鞄を漁り小さなサイズの手帳を取り出し、色々な場面が写ったそれを嬉しそうに見せてくれた。

一枚に写った青い髪の女の子を指差し、これが妹で、その隣が仲間の凛。言いつつ指を隣にずらし金髪の、アキラの制服と似た服を着た気の強そうな女の子を指差した。

「この子がアキラの妹・・あんまし似てないな・・お前より全然優しそうだ」
髪は青いショートカットで横の毛が、くるんと可愛くカールしている優しげな女の子を見てアールは思った事を素直に口に出した。

「これは母親似なんだよっ!・・・・・で、これが大事な仲間っ」
次のページをめくり一枚の写真を指差した。
今度は二人だけでなく沢山の人間が写っている。

「そういえばアールを見るとリュウ・・この無愛想のやつを思い出すような気がするなぁ・・なんとなく感じが似てるというか、顔が似てるというか・・」
指差した人物を見ると、思った。
肌も髪も白い男の子。似ていない事も無いかもしれない。ただ自分ではなく――
「俺より・・ウィシュに似てるかも・・・」
髪の色が違うからかな?

「??ウィシュ・・・?誰?」

「兄弟だ」

「ふーん、兄弟いたのか(一人っ子かと思ってた)・・・・」

「ただ俺より頭が良くって、俺より力もあって、俺より愛想も良くて、俺より背も高くて、俺より将来有望な、歳の同じの弟だけどな」
・・・・しょぼん
言わなきゃ良かったかも

「・・・・・そりゃ、うん、大丈夫だ、アールにはアールのいいところがあるって」
アキラは右手の中指で頭を掻いた。

「たとえば?」

「え・・・・・・っと」

「・・・・・・・難題を出して悪かったな。」
一応期待してみたが、ダメなようだ。

「いや出会って間もないってのもあるだろ。気を落とすな。いつかお前の良い所なんていくつも見つかるさ」

「・・・ありがとさん」
アキラの良い所はいくつか言えるんだけどな・・・

「・・・・ハッ、もしかしてアールは、その出来の良い弟が嫌になって家出した!とか?」
アキラは勢い良く両手の人差し指をアールに向けてスッキリした顔で聞いた

「違う・・・違う。ウィシュは好きだ。頼りになるし」
最初は強く反論したものの、何故か言葉に力が入らなかった。


「・・そうっすか」
アキラはまた右手の中指で頭を掻いた。

***

すっかり日が落ちても、まだリアーネは帰ってこなかった。
お祭りをやっているらしい外からはまだ子供の声も絶えず聞こえてくる。

暇だからもう一度アキラの持っていた写真を見せてもらっていた

「そういえばさ、俺の名前ってこう書くんだぜ」
そういってアキラは紙に赤いペンでスラスラと書いてくれた
「輝くって書いてアキラだ。イイだろ。ちなみに苗字はこれだぜ」
と言って『輝』の前に二文字付け足した。

「へー・・・いいな。なんとなくかっこいい字だ」
よく分かんないけど

「なんとなくって何だよ」

夜も輝の作る、美味しいご飯食べ、二人で色々と話した後、各々で風呂に入り、床に就いた。
その頃も、外からは人の声が薄らと聞こえてくる。
こんなに長い時間、リアーネは何をしているのだろう・・

電気も消され、暗闇の中、窓から薄く月の光が差し込んでいる部屋で、敷布団が二枚並んで敷かれていて人間が二人、寝る体制に入っていた。


アールは、敢えて輝の顔を見ないようにして言った

「この世界で、俺がこの世界でお前の友達だから。知らない事があったら聞いてくれ。・・・それにお前の世界の事も良く知りたい。
・・俺も一人だ、誰かといたいんだ。いつかお前のいた世界も見てみたい」
途切れ途切れに出てきた言葉は、自分でもあまり纏まっているとは思えなかった。
が、本心が素直に出たと思う。
(いい忘れた事があったかも・・・・折角浴室で考えたのに・・)

別の世界から来たなんて話、普通こんなに素直に受け入れられないけど、彼の言う事はすんなり入ってきた。
どうも嘘には聞こえないのだ。というよりこんな嘘をついても、何の特にもならないだろうし
祭りの参加を許されて無いあたりで、なんとなくここの人間じゃない事は分かるし。


そんな事を思ってグルグルしているアールの方へ振り向いた輝は、その言葉に目を丸くした。そして段々と目元が熱くなるのを堪えようとしていた。

「ありがとう。ちょっと勇気出た。・・・リアーネも一緒だけどな」

***

午前0時を回った頃、トントンと軽い足取りで階段をかける姿があった

「二人とも寝てるかなぁーっと」
そっと、少しだけ扉を開け、中の様子をのぞいた。

暗い部屋の中は
くっ付けた2枚の敷布の上に厚手のブランケットを被り外側を向いて眠る輝と、もう少し放って置くと掛け布団を下敷きにするだろうアールの姿があった

「・・良かった、元気そうで」

リアーネはクスッ、っと笑いパタンと扉を閉じ自分の部屋へ向かった

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