『兄さん、僕等はず〜と一緒だよ』

『貴方は、如何されたいのですか?』

『フノスは、この事をどう思われるでしょう・・・』

     『・・俺は・・・』

     ・・・ごめん―――――

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目を覚ますと、木造の暖かい天井に
日の光が気持ち良く注がれているのが薄く開いた瞼に眩しく当たった

「・・・・・」

「あら、起きた?」

まだハッキリしない意識の中に優しく通る女性の声。

それが、自分の横で林檎を剥いている者から発せられたものだと分かっても、
王都を出るとき、自分を止めに入った彼女を少しばかり思い出させる。

優しく気遣いの見える声に安心し、もう一度夢の中に戻ってしまおうとしたその時

「おーい!あいつどうなった?」


開かれたドアから、茶髪の男が現れた。
ちゃんとしていればそれなりに端整な顔立ちは、今は泥で薄汚れているのも気にせず笑顔。

いきなりの大声により、今までの穏やか時間が嘘のように吹っ飛び
自分が今どういう状況かを思い出したアールは、慌てて自分の横で林檎を剥いていた緑髪の女からナイフを引っ手繰った。

「こ、ここは?」

慌てたアールには、所々はねているちょっと気の抜けるようなの髪の元で、暑さからではない汗が滲んでいる

膝立ちで両手に握ったナイフを目の前に持ってきたまま、目の前の自分の見知らぬ二人に問うた。

「ま、まぁまぁ包丁は下ろせよ。危ないだろ?ホラ。」
「わっ」

茶髪の男に手首を掴まれ、こっちが驚いている間に軽々とナイフを取り上げられてしまった。

「そうよ。この包丁昨日磨いでもらったばっかりだし。
それと、此処はミッドの南の方の小さな村。」
緑髪の女は椅子に着いたま身振り手振りを付けて言った。

まだミッドに居るんだ、俺・・

心の中で呟くも、どうしたものかと止まったままのアールに
緑髪の女は尋ねてきた。

「君、ヘルの人でしょう?」

「!?」
俺が今いるこの国がミッドガルズ。俺のもといた国がヘルヘイム。
長年敵国の関係にあるこの二ヶ国の人たちはよく似ているのだけど、時々その容姿で見分けが付いてしまう事がある。
彼女たちは人間で、俺たちは半分妖精だから。その差は昔からこびり付いてしまっている。

「私、ヘルの事もミッドの事もどうでも良いの。だから君を助けたのよ?」

そんな、どうでも良いなんて・・・よく言えるな
そんな変な人、もうヘルにはいない・・

・・・・・・じゃあ俺も変な人か

俺の目の前で優しく笑うその笑顔に殺気を抜かれ、随分気を許してしまう。
ついでに、これだから箱入りは、と心の中で自分に悪態をついた

それでも二人から悪意は読み取れそうに無いので、身を委ねる事にして俺はもう一度ベッドに倒れた
まだ森の中での疲労が残っているのか、自分の枕より硬いこの枕に顔面を押し付けた

「これから、どうする気なんだ・・・」

そう言った体は思うように力が入らず、ぐったりとダルイ体を掛け布団の上に横たえ、
目だけは茶髪の青年を睨んでいた

「どうするって・・・どうもしないけど。取りあえず助けた、みたいな。まぁ悪いようにはしないさ。行く当てが無いならここに居ても良いし、出て行くのも止めはしない。ただこっちが勝手に心配してるだけだからな。」

笑いながら答えた青年は、そういえば自己紹介がまだだった、と言い、木造の椅子に座りアールから引っ手繰られたナイフで再び林檎を剥いていた少女に話を振った。

「そうよね、やっぱり自己紹介は大切よね。私はリアーネって言うの。さっきも言ったけどこの村の巫女よ。でもってこっちが・・」
リアーネと名乗る少女は名乗り終えると、話を振るように、右隣に立っている茶髪の青年のほうを軽く一瞥した。

「アキラでーす!気軽に呼んでくれ」
ハイテンションに揚々と、アキラと名乗る青年は振られた話を済ました。
「そういえばアキラ、何持ってるの?大事そうに」
「ん?キーリの奥さんから卵と林檎貰った。それよかそっちの名前は?」
アキラとリアーネの軽いやり取りを、半ば睡眠状態の頭で聞いてたアールに突然話を振るアキラ。

「え・・・俺?」
突然話しかけられ、質問の内容が全く耳に入っていなかったらしいアール。

「そう、お前だよ。こっちに名乗らせて、しかも介抱までして貰って名乗らないなんてナシだろ?」

いや、そっちが勝手に名乗り始めたんだろ・・
「俺・・アール・・・」
重い目蓋を懸命に開こうとするがしかし、心身ともにフラフラなアールは、せめて相手に伝わるように言葉を並べた。

「アールって言うの?じゃあもういっこ質問良い?ヘルのどこから来たの?あ、もしかしてニヴルの人?」

「う・・・・・・―――」
フラフラな頭に質問攻めは少しばかり辛かったのか、最後までは伝わらなかった。

「寝ちゃったよ・・・・よっぽど疲れてたのか?怪我とかはしてなかったんだろ?」

「怪我の内に入らない様なのばっかりだったし熱も無いわ。一人でずっと森を走ってたのかしら」

アールを見下ろしつつ呟くアキラに対し、リアーネはくすっ、と笑いながら―――後から、
「慣れない土地で不安でしょうがなかったのかもね」と付け足した

本来、自分に掛ける筈である布団の上に寝扱けているアールを、ちゃんと敷布の上に寝かしてやり、
アールの瞼を覆っていた長い前髪を
そっと、細く繊細な指で横に分けてやった。

布団を掛けてやろうとした時、胸元に赤く光るペンダントを見つけた。

リアーネはペンダントに軽く触れ、長い睫毛をそっと伏せた。
「・・・」
リアーネから、か細く声が聞こえた気がした。

「・・・・リアーネ、どうした?・・何か言ったか?」

「え?私、何か言った?」

真顔で聞き返してくるリアーネに、アキラはさらに問う気も消され
なんでもないと答え、部屋を後にした

目を細め、さっきとは違い少し寂しげな表情から発せられた言葉は聞き取れなかったけど、
とても寂しげな音だった。

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