***


それからずっと歩いて、本当にこちらで良いのかと不安になってきた頃。

「あれだ・・・」

輝の言うとおり、道の向こうに集落らしきものが見えてきた
元居たリアーネの村とは違い、更に小ぢんまりとして小さい村のようだ

正直言ってボロボロだ
村と森を分けるものは無く、どこからでも入る事が出来た


「人が見えないけど」
後ろでアールが心配そうに言うが、輝はどんどん村の奥へ進んでいった。
何も言わない輝の変わりに、朝早いからじゃないかしら、とリアーネが答えてやった

リアーネは、結構距離が有るのと、巫女は村からあまり離れぬように言われていた為、ここには来た事が無いと言った。

その後も迷わず進んでいく輝について歩く二人。
村に入ってから、変に静かな輝に釣られ、二人も黙ってしまった。




***

村の中でも大きい家の前で立ち止まると、中から小さな人影が二つ現れた。


「リアーネ様ですか?」
「キーリはどうしました?」
二つの影は交互に聞いた。
一見同じ声にも聞こえたが、その声の纏う雰囲気で、別のものだと読み取れる。

「私がリアーネです。キーリは・・・村に残りました」
リアーネが輝の前に出て、答えた。

二つの影は、暗い奥から明るみに出てきた。
二人は同じ髪型で色違いのスッキリとした服装をしていた。
顔もそっくりだが、赤い服を着たほうが若干釣り目がちだ。

「ソル、どうしよう。ぼくたちリアーネ様の顔を知らないよ」
青い服の子が赤い服の子にひそひそと聞いた。
「マニ、もう少し頭をつかったら?婆を連れてくれば良いでしょう」
赤い服の子は青い服の子に同じくひそひそと返した。
だがこちらには丸聞えだ。

「でもソル、リアーネ様が来るときはキーリさまが一緒だって婆が言ってたよ?」
マニと呼ばれた青服は、広がった袖を口元に当て更に聞いた。

「じゃあ僕がここに残るからマニは早く婆を呼んできてよ!」
ソルと呼ばれた赤服は、帽子に付いた鈴を靡かせながらマニを家の中へ押し込んだ。

この静まり返った中で聞こえないと思っていたのだろうか、この場に残ったソルという子は「暫しお待ちください。」と、さっきの子供らしい顔からあわてて役人の顔へ戻った


***

少し経ち
マニと呼ばれていた子供が、一人の老婆を連れ、戻ってきた。
老婆は慌てた様に、外に飛び出してきた。
暗い唐草色のローブを羽織り、色の抜けきった長い髪を後ろでひとつに纏めている

「リアーネ様がいらっしゃったと・・・おぉ真に、忘れもしないこの御顔じゃ」

老婆の皺くちゃの顔は、リアーネを見るなり嬉しそうに歪められ目にギリギリ零れないほど涙を溜めていた。

「リアーネ、この御婆さんに会った事あるの?」
あまりの老婆の感動振りに、アールは思わず聞いた。
「無い、と思うんだけど」
こっそり聞かれた問いに、リアーネも困ったように、こっそりと返す。


「婆。キーリさまは?村に残られたと言ってるけど、いいの?」
後ろから付いてきたマニは、不安げに訊いた。

リアーネはマニと老婆の近くへ歩み寄り、マニに優しくキーリの事を伝えた。
老婆はとにかく中へ、と3人を家の中へ案内してくれた。

***

老婆は奥の間へ案内してくれた。
マニに御茶菓子を、ソルにお茶を用意させ、リアーネを座らせた。
従者を装いフードを深くかぶったアールと輝はリアーネの一歩後ろで立ったままでいた。


「とうとう、ヘルに気付かれてしまいました・・向かうべき場所は、キーリは言っていたでしょうか?」

「えぇ、ビルギッタという女性に会え、と教えてくれました」
リアーネは見送ってくれたときのキーリを思い出したか、少し目を下に向けた。

「キーリは無事、本来の役目を果たしたのですね・・」
一方、先程より落ち着いた老婆は皺で折りたたまれ目は見えなく、ゆっくりしたしゃべりで感情はあまり読み取れない。


・・本来の役目?
彼はあの村で何をしていたのか、リアーネは深く知らなかった。

物心付いてからキーリはそこにいるものだったし、仕事についてはなんとなくスルーしていた。

よくよく考えてみれば彼は長く尖った耳を持っていて、それは私達とは明らかに違う・・ニダ人のものだ。
なぜ主要都市に人口が集中してる筈のニダ人が、あんな田舎村にいたのか・・

「キーリは何の目的であの村にいたのでしょう?私には何も言ってはくれませんでした」
リアーネはソルに出された上品な色の紅茶を眺めながらポツリと言った。

老婆は、ゆっくりと茶を啜り、少し考えた後
「それもビルギッタ様にお会いすれば分かる事でしょう。それより、キーリがいないとなると、その後ろの二人はどうしたのですか?」
話を逸らすようにニコニコしながら後ろの二人を見上げた。

今顔を見られるのはまずい、とアールは顔を逸らし輝にやり過ごして貰おうとした。

が、

「・・ん?お前、どこかで見たような」
老婆は輝を指差し必死に思い出そうとした。

「え、輝?」
「知ってるの?輝?」
アールはゆっくり、リアーネはサッと後ろを振り向き指差された方を目を向けた。
気になったソルとマニも、並んで輝を見つめた

輝に視線が集中し、皆輝の次の行動を待つように、数秒の沈黙が流れた。

すると輝が動く前に、ポットを持ったソルが叫んだ


「あー!思い出した。アキラだ!巫女様を攫おうとした!」

予想もしなかった言葉が飛び、アールとリアーネは声を揃えて聞いた。
「「攫う?」」

続いてお盆を胸で抱えたマニが叫んだ
「あ〜!思い出した!巫女様のお兄ちゃん!」

「「お兄ちゃん!?」」
アールとリアーネはさらに大きく驚いた

ハッとして、老婆は輝を睨んだ
「まさか、帰ってくるとはな」

輝はフードを捲り、研ぎ澄ました青の眼光で睨み返した。
「忘れてたなんて、気楽なもんだな。俺は、藍を諦めた訳じゃない」

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