まだ空は暗く、小鳥の乗った時計の短い針は 2を少し過ぎた所を指していると言うのに、俺と輝はすっかり目が覚めていた。
それも、夜中にも拘らず外から響いて来る人々の声の所為で。
アールは、緊張で汗の滲んだ手で赤いペンダントを握って放せなかった。


「二人とも、起きて !」
ノックもせずに慌てて部屋に飛び込んできてリアーネは叫んだ。

「起きてるよ。何だこの騒ぎは ?」
人目を気にして、輝と俺は窓を開けてる事はしていなかった。

「武装した人たちに、村が襲われてる !助けに行こうとしたら、キーリにここで隠れておけって ・・・」
片手で、顔を覆って、溢れそうな感情を押し殺そうとするリアーネの声はどんどん小さくなってゆく。
アールは今思っていることを言うべきか、言わないべきか迷った。
が、言わなかった後の恐怖に負け、口を開いた。

「あの、兵士たち。ヘルの人たちだ ・・・シンボルがある 。やっぱり、昨日の竜は、マトリは、俺の事見てたんだ ・・・」
寝る前の予想が当たってしまったと、震える口を震える指で隠そうとした。

リアーネに怨まれるんじゃないだろうか
輝に軽蔑されるんじゃないだろうか

せめて二人に迷惑になる前に、嫌われる前に、如何にかしようと少しは考えていただけにショックだ。


「ヘルって ・・・アールの住んでたって所 ?そこってここの国から見て敵だって聞いたけど ・・・なんでこんな田舎村を攻めるんだ?」
驚いてはいるがに冷静な輝は、アールを見る。
輝と目が合って、逸らせないまま言った
「俺を、探しにかも ・・・・・・」

「お前、そんな重要人物だったのか ?」
一瞬の沈黙の後

「 ・・・分からない 」
本当に、分からない。何で俺が存在するのか
何でウィシュは俺の事を大事にするのか


既に膝を突いて絶望しているリアーネは、何も言えないままだった。

   
嫌われた ・・・

昨日まで笑顔を向けてくれていた彼女を見て思った



部屋に再び沈黙が訪れても、外の恐怖は消えない。

「ダメだわ。私がこんなんじゃいけない。皆を助けなきゃ。 ・・・ッ ・・・」
「リアーネ !隠れてろって言われたんだろ?・・・クソッ」

輝は、静止の声をを聞かずに部屋を飛び出ていくリアーネの後を追った。
「ま、待って、俺も ・・・」
二人の後を追って、アールも布団から立ち上がり、走った。




***





 住宅区と見えるこのあたりも、所々火を付けられて辺りは赤く照らされている。
ヘルの兵士に抵抗する者も所々見える。
いきなりの襲撃に関わらず、この村の人々は迅速に且勇敢に行動しているように思えた。


 昨日までは子供の楽しそうな声が広がっていたらしい、
今では走ってきた中でも、一番ひどく焼き討ちされている村の集会所らしき前まで走ると、村人たちに指示を出していた男が見えた。
黒に近い紫の髪を持った男は、リアーネを見つけ叫んだ。
「リ、リアーネ様がなぜここに? ・・・家まで助けが行く予定だったのに ・・」

紫髪の男の声に気づいたリアーネはそちらに振り向き、男の許へ走った。
「キーリ !皆は ?皆は平気なの ?どこかへ逃げられた ?」
自身にブレーキもかけず男の懐へ飛び込み、村人たちの安否を必死に問う
キーリと呼ばれた男は飛び込んできたリアーネをそっと立たせ、自身の体で彼女が隠れるように近くの茂みまで連れて行った。

必死に走り続けるリアーネに、足の遅いアールを引っ張りながらも何とか追いついた輝も、キーリの行く方へアールを引っ張っていき、茂みへ押し込んだ

「大部分は逃れたと聞いています。残ったのは力のある者のみです。 よく聞いてくださいリアーネ様」
「 "様 "は付けない約束でしょう」
こんな事を言っている場合ではないけど、つい気になってしまうのは癖か、それともまだ甘えたがりなのか

「 ・・・そうだったね、良く聴いてリアーネ」
リアーネは俯いてはいけないと、さっきからキーリの顔と燃えていく集会場を見ながら、キーリの言葉に耳を傾けた。

「ニダの王都でビルギッタという女性に会って下さい。彼女ならあなたを王の許へ導いてくれる筈。元々あなただけは逃がす予定だったので、この茂みを抜けたところに村長が用意した最低限の荷物があるはずです。
それを持って北東へ。ヘルの者には十分気を付けて」

最低限、伝えなければならない事を伝え、キーリは茂みの奥の方へリアーネの背中を押しやった。

「アキラ、リアーネ様を頼む。なんとしても王に会えるようにしてくれ」
輝はキーリからアールを隠すように立ち上がり、コクリと頷いた。

それでは、と言い茂みを行こうとする輝に、キーリが静止を掛けた

「アキラ、これはお前を信用して任せるんだ。現にリアーネ様は近頃、俺よりお前を気にしている」

少し目線を逸らして言うキーリに、輝は微笑んで返した。

「村全体だけでなく、貴方個人にとっても、リアーネ様が大切なのは分かってましたから。気にしないで下さい。
彼女は、貴方が上辺だけでも兄であって欲しいと、本気で思っている」

キーリはその言葉を一瞬苦くかみ締めて、今まで輝の見たことの無い笑顔で言った。
「 …そうだったのか。 …嬉しい、と言いたいが、兄と言うのは、複雑だ」

「次会った時は、甘やかしてみて下さい」

その言葉を聴いたキーリは微笑んで、輝のフードを深く被せてやった。
「気をつけていけ」

立ち話が過ぎたと呟き、キーリは炎の中へ走っていった。



「ほら立てアール。立って、走れ !」
輝はキーリの後姿を見ずに、茂みに潜んでいたアールに気合を入れ、引っ張り起こし先に走らせて
「・・・いくぞ!」
すぐ近くでウロウロしていたリアーネの手を引っ張って走った。

途中、やはり輝にすぐ追いつかれてしまうアールの手首をもう片方の手で握り、二人を引っ張っていった。


***


全速力で走り続けた後、乱れる息を整えもせず、暗闇で蝋燭を灯しながら佇む老人にリアーネを見せた。

「お前か・・・キーリはどうした ?」
フードを深々とかぶった老人の目がひとつ、暗闇から浮き出るようにギロリと輝を睨んだ。
「キーリは、この役を俺に任せました」
青い老人の目にも臆することなく輝は淡々と続けた。

「・・・キーリのやつめ。仕方が無い、これは緊急事態じゃ。馬鹿な真似はするなよ」
舌打ちが聞こえそうなほど不機嫌な声で、老人は足元の荷物を差し出した。

「アキラ、お前はこれをもってゆけ。この村に来る前、キーリが使っていたものの一つだ」
そう言って、黒い柄に赤い布の巻いてある短く軽めの剣を輝に渡した。
皮製の鞘に入った上品でいて使い込まれたその剣を片手で持ち、更に老人から食料の入っているらしい小さい袋を手渡された。

「それから、リアーネ様にこれを。まぁ、ビルギッタ様に会えばこんな身分証など要らないのですがな。万が一、王に会わせられないと言う様であればこれを使ってくだされ」
老人は、自身のポケットから細い鎖のついた鍵穴つきの小さな箱をリアーネに渡した。
これは何かと訊ねても、老人に「ニダに行けば分かる」と言い包められた。



「時間が無く、馬は用意できませんでした。このまま北東へ進めば村があります。そこに泊めてもらってから港町へ出発してくだされ。船でニダまで行けます」

老人はさっき輝を睨んだものと、同一人物には見えないやさしい老人の顔でリアーネに茶色いクロークを被せてやった

「皆は ?行かないの ?何で私だけ、逃げなきゃいけないの ?」

「我々は、リアーネ様が無事、逃げ切れるようここで全力を尽くす次第です」

「私は! 私はこの村の巫女よ?
この力は村の皆を護り、幸せへと導く為のものじゃ、無かったの・・・ ?」
自分より頭一つ分以上小さい老人の肩にそっと手をやり、途切れそうになる気持ちを伝えた。

老人は、すぐ目の前で幼子のように涙を流すリアーネを見上げ、微笑んだ。

「リアーネ様は救ってくださる。こんなちっぽけな村だけではなく、このミッドガルズの大陸を幸せへ導いてくださる。
その過程の一つだと思えば、この村の者達、皆命など惜しくはないのです。寧ろ誇りとなりましょう。我々の精神はミーミル様が拾って下さるでしょう」
リアーネの前では、終始幸せそうなやさしい老人の顔を見せていた

そう言って、老人はリアーネの身を輝に任せ、村の方を向いた。
それを見て、荷物をまとめ終えた輝は、小走りで駆け出した。



「っ・・・また戻れるよね」
彼らには聞こえないと分かっても、呟かずにはいられなかった
そうだと信じたくて

リアーネは輝に引っ張られつつも、老人へ向けて、村に向けて神の加護があることを願った。



***

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